わが家の向いにある公園の桜はもう満開ですね。息抜きにたまに子供たちと散歩したりするんですが、なかなかに枝振りのいい桜が何本かあって、あたりのくすんだ小枝までも桜色にそめて、実に春めいています。 豪奢という言葉がぴったりに咲きほこりながら、それでいて香りの少ない「さくら」の花が、やはり僕は好きですね。狂ったように咲き急ぎ散り急ぐその風情も、やはり日本人の美意識に訴えるモノがあるんでしょう。
ゴウゴウ風が鳴っているような気がしました。 そのくせ風がちっともなく、 一つも物音がありません。 自分の姿と跫音ばかりで、 それがひっそり冷たいそして動かない風の中に つつまれてしまいました。 桜の季節になるといつも思い出す坂口安吾の小説の一節ですが、ほんとうに、遠目にも近くによってみても、桜の花が咲き乱れるあたりの空気には一種独特なものがあります。まさに風があって風がない、この世からきりとられた世界のようにおもえて、人は訳もなく恐怖したり魅せられたりするのでしょう。その事の不安を紛らわすために酒を飲み、散る花の風情を愛でる事で、お互いの不確かな未来を確かめあっているかのようです。 そう・・・来年もかわリなく咲くであろう花の姿を想い、子供の手をとって歩く僕も、ふと不安な面もちで振返ってみると、そこではただ「轟」と風が鳴っているだけでした。 「お花見」気分で公園を散歩して、なんだかすっかり堪能しました。この暖かさでは、今週末までは桜の花は保たないかも知れません。まぁ、大部分の方にとって花見は口実でなのでしょう。飲めない僕にとってはその口実さえ不要で、やっぱり単なるオフミだったりするようです。さて、今週末の予定は?
|
どなたかが日記に書かれていた、MacOSとAPPLE社の未来についての暗い予感は、そんな「終わってるような気がする。」程度の問題じゃなくて、確実に終ってしまいました。 あれだけ大騒ぎして、バグまみれのままリリースしたOpenDocと一緒に、どうしようもないMacOS7.XXもあっさり捨ててしまって、今度は21世紀に向けた次世代OS「Rhapsody」だそうです。 で、その新しいOSの中身はと言うと、ただのNeXT OPENSTEPの化粧直しって・・・きみきみ。しかし、APPLE社の連中は何処までユーザーなめたら気が済むんでしょう。要するにUNIXマシンの窓の中でMacが動くわけ?あぁ、そんなことなら、あっさりWindowsで動く、いわゆる「ソフトMacOS」作った方がよっぽど為になるかも。しかし・・・自社のOSを、よそから持ってきたシステムのウインドウの中で動かして、それを新しいOSと唱って恥じないような会社って、本当に情けない。なんだか「Rhapsody」想像図ってのも、ウインドウの中にファイダーがあって、その中にまたアプリケーションのウインドウが開いてて、まるでカッコわる〜。とほほ。こんなモノがどう考えてもサクサク動きそうもないのは誰が見たって判りきったこと。 まぁ、別にMacに特別な思い入れがある訳ではないので、仕事用と割切って今あるマシンは使い潰すことにします。ソフトのアップグレードももうやめた方がよさそう。そのうちADOBEあたりからMac版からWindows版へのソフトの乗換え案内があるでしょうから、バージョンアップはその時点でやればイイや。 本日の日記はWindowsな方には一部意味不明だったかもしれません。もうすぐ無くなるプラットフォームだから、今しばらくの辛抱です。うん、ベータのビデオテープを何処でダビングしようかと悩んでるようなモノでした。 ソフトメーカーからは次期バージョンの開発中止とサポート中止の案内が届いたりして・・・ますますうら悲しい日記です。その上、現バージョンはQuickTime2.5とコンフリクトおこすからQuickTimeをシステムフォルダから外せって・・・そうまでしてそんなバッタもんのソフト使う人間がいる訳ないでしょうが。ったく、もう。
|
去年も書いたのですが・・・また今年も騒がしいスポーツが戻ってきました。なにやら頭の悪い関係者同士のごたごたや、いい歳したオヤヂが高校生の合宿よろしく集って練習するのは、まぁ我慢しましょう。 ただ、連日の騒がしいテレビ中継やスポーツニュースで伝えられる試合の経過と馬鹿な解説者のコメントと、それを見てテレビの前で結果論をくり返す「自称解説者」達のたわごとには、ほとほとうんざりさせられます。誰も彼もが解説者気取りで今年の優勝チーム予想しても、結局は水晶玉のお告げ同然のいい加減さ。で、秋になったらそんな事はみんな忘れて、やれ1位と何ゲーム離れただのマジックナンバー幾つだのと、今年もまた飽きもせずにくり返すんでしょうね。 そもそも、他人がやってるのを見ているスポーツの中でも特別退屈だと思うんですが、アレって。トップ取るためにはなりふり構わず現金ばらまいて結果だけを求めるチームとか、明らかに力に大きな差があるくせに、「目標は優勝です」とかいってる監督さん・・・自分で空しくならないんでしょうか?優勝諦めたチームの選手は、そうなってしまえば、後はひたすら自分の成績にこだわるばかりでチームの事なんかお構いなし。人気チームとの対戦ゲームの「入り」だけが頼りで、ひたすらビールやら弁当やら売りまくってかすりを取るのに忙しい経営者とか、劣等感の裏返しで人気チーム応援する者や、やはり同じ劣等感の裏返しで人気チームけなす人とか・・・なんだかこれって今の日本と日本人の見事な縮図になってませんか。どうやら、そんな処が僕をイライラさせる原因のような気がします。 だいたい、球場によってそのグランドの広さが違うって・・・そんなデタラメなスポーツってあります?普通、試合が行われる場所って、厳密に規格が決められていなければ不公平だと思うんですが?
|
姪っこの高校入学祝に何処か食事にでも連れていけって話しは以前やったような気が・・・ で、うちの奥さんやら子供たち、さらには姪っこの母親(つまり義理の姉ですな)ともうひとりの姪っこまで一緒に連れていかなかればならないのは何故? 朝っぱらから支度して、高速道路に乗ってはるばる都内のホテルまで・・・もう、車の中はぎっしり。 ホテルの駐車場についてからも、エレベータホールに向うあいだには早くも団体旅行の添乗員の気分です。あちこちをものめずらしげにゾロゾロと歩く、そんな田舎者引連れて・・・はい、所沢に住む姪っこ家族はなにやら緊張しているご様子。ふと見るとわが家の子供たちもしっかり大人しくなってます。まわりがつるつるピカピカした場所に連れてくると一気に大人しくなるのは、まさに貧乏人の証拠です。がはははh。うん、僕もキョロキョロしてなにやら落着かないようです。 こういう場所には不釣合いな人間達がかっ歩するようになるのは、ホテル側としては辛いところでしょうが、バブルはじけたホテル業界が苦肉の策で始めたランチメニューを狙い目と思われる家族連れで、昼間のホテルはなにかと騒がしいようです。そこいらのファミレスと味も値段もまるで変らないビンボー臭いコース料理だけど、ホテルというロケーションと慇懃無礼なボーイ達のサービスぶりを眺める価値はそれなりにあるようで、僕などはけっこう楽しめたりします。いかにも「この田舎っぺが!」と言いたげな黒服相手にワインの銘柄訊いたところで、なに、そんなモノ注文する訳ありません。そもそもワインなんゾにはさいしょから興味ないんだから。結局、いちばん安いランチ頼んで、食器ガチャガチャいわせながら食べてます。まぁ、こんな連中でもお金払えば客は客だから、途中で店から追出されるような事もありません。つくずく戦後日本の民主主義のありがたさを実感します。 お上品なメニューに食欲の満たされない彼女たち・・・帰りの車の中で「マクドナルド食べたい」などと愚かなことは言わないように。 ホテルで食事などと云うと必ず不機嫌になるのは、生れついての貧乏人根性をチリチリ刺激させられるからでしょう。つまらないランチメニューと言いながら、一回の食事にこんな馬鹿げた金額払ってる自分自身がうとましい。一体レタペパ何個分にあたるのか?
|
あぁ、なにやらせわしない。いや、本人だけがあたふたしている「ご本人あたふた日記」です。いつもの週末のお出かけのせいで、日記の更新が不確かなので、かくのごとく日記の書き溜め。きゃー。<またかよ! 申訳ない、ぜんぜん読む必要はありません。まぁ、それを言うなら書く必要がそもそもないのかも知れませんね。夜にでも更新すればよさそうなモノを、そこいらあたりの予定が本人にも掴みきれない日は、こんな日記です。いわゆるお出かけ予定日記。 たった今、「Nくん」を最寄り駅までおくってきました。がはははh、何故に匿名?なんとか会えた模様です。やれやれ。 スマンす、本日は疲れてて、こんな日記です。 やはり「Nくん」は遅刻。しかし、その遅刻を埋め合せるように、待ち合せたお昼過ぎからたった今までず〜っとおしゃべり。うん、さすがに普段からおしゃべりな僕も口がつかれました。
|
しかし・・・日曜とは云え、夕方5時過ぎから風呂にはいるのはどうかと思うぞ。マイ奥さん。きゃー。<家庭内私信日記はヤめれ!そもそも読んでないんだから。 う〜ん、ほとんど小原庄助さん状態の奥さんを眺めつつ、そんなこんなで雨の日曜日は何事もなく過ぎていくのでした。 昨日の慌ただしい予定の反動で、珍しく早寝早おきな日曜で、ここの処はウィークデーより日曜日のほうが早く目が覚めたりするから不思議です。メールもぱらぱらと届く程度で閑散としてます。まぁ、仕方がないので「なりまつメール」にお返事などをすると、後は申しわけ程度にお仕事など。 雨が降ったりするとかえって仕事に集中できるのですが、ふと気づいたのですが・・・この雨でせっかくのお花見も今年はどうやらおしまいのようです。去年などはお弁当つくったり、いろいろと買出しなどして出かけたものですが、今年はお花見らしいお花見は結局一度もないままでした。どうも最近はあれこれと下準備してどこかに出かけたりするのが面倒で、ぼんやりしている間にタイミングを外してしまったようです。 うん、そうかも知れません。余計なお荷物があるとどうも落ちつけないのは昔からの性癖です。今度は男3名の孤独なオフミなどを是非・・・。きゃー。
|
いわゆる「菜種梅雨」でしょうか?降ると言っても所詮は春の長雨で、気まぐれに雨足が強まって雷が鳴っているかと思うと、いつの間にやら降りやんで路上がうっすらと乾いていたりで、実に中途半端な天気です。 散り際の桜の花びらは濡れた路上にゴミのように散乱し、その下に停めた灰色の車のボンネットに濡れそぼつさまに、ふと意味もなく感傷的な気分になったりするのも、やはりこの陰気な天候のせいなのでしょう。 そうそう、雨と言えば・・・昔は雨が降ると、あのうるさい野球中継がなくなってホッとしたモノですが、最近はドーム球場とやらのせいで「雨天中止」がないのが実につまらない。 そう、昔は野球中継が中止になった場合に放送する、いわゆる雨傘番組の内容に付いても小さくテレビ欄にも書いてあって、それには何故か植木等の無責任シリーズとか東宝特撮・超科学戦争モノなんて言うマニアックで普段の映画枠では流さないようなものが多くて、そうしたヘンな映画に惹かれる僕は、いつも雨が降らないかと真剣に祈ったりしたものです。マーカライトファープやモゲラのメカニカルな美しさにしびれるおかしな子供でした。 最近は地下鉄にサリンでも撒かれるか天皇でも死なない限り、おいそれとは野球中継も中止にならないようでまったく残念です。蛋白研からサリンでも漏れだしたら、ひょっとして野球中継が中止になるでしょうか?きゃー。<思考停止。 そうは言ってもこう毎日ダラダラと雨が降るといいかげん飽き飽きします。子供たちも始業式と云う事で久しぶりに友達と会えたのに、こんな天気ではなかなか外遊びにも出れないようです。で、子供部屋で2人してなにやらゴソゴソ。最近は妙なお話しづくりに凝ってたりしますが、その中味がやたらと下ネタが多いのは・・・やはり父親ゆずりかも知れません。
|
インターネット情報誌の氾濫は、もうぼちぼちつぶれる雑誌がでてくる頃でしょうか?同じような体裁で同じような企画が氾濫するのが日本の出版界の通例とは言え、初心者相手の接続情報と、その後はエッチサイトとオンラインショッピングじゃ、あまりにも発想が貧しすぎます。 所詮、月刊だろうと月2回刊だろうと日々変化しつづけるインターネットを追いかけるにはあまりにも小回りのきかないメディアだとおもうのですが・・・そもそも、半月なり1月前の情報なんて古すぎてインターネットではあまり意味がないのでは?紙に書かれたURLをポチポチとタイピングするのも余程のヒマ人か、妙な妄想に勘違いした「変態さん」ぐらいじゃないでしょうか。雑誌に紹介されて劇的にアクセスが増えたなんて人にもあまり会ったことがありません。 もっとも、「少年ジャンプ」に1ページの紹介記事でも載ればアクセスものすごいのかも知れませんが、公称数万部の雑誌の影響力なんてまったく微々たるものでしょう。そんなマイナー雑誌の紹介記事よりも、エッチサイトに登録してチョットしたリンク集でも並べておけば、もう・・・それは馬鹿ほどアクセスがあったりします。つい先日もうちのプロバイダで、そんな事でひと騒動あったばかりです。 そうそう、キーワードにSEXだのPORNOGRAPHYだのと入れておくと、コレはこれで検索エンジンからやってくる人間はいっぱいいる模様ですから、まぁ・・・世の中にはつくづくヒマな方が多いようです。そんな人がいるからこそ、「公開日記」なんて妙なジャンルが出来てしまったんでしょうが、最近はその日記の更新も少々中だるみかも知れません。 何時までも新鮮でいられないのが人間同士の関係の悲しさかも。「出会い」に食傷すると「別れ」が新鮮に感じるのが、これもまた人間の愚かしさの証明なのでしょう。 う〜ん、最近の日記界が物静かなのがなにかと不満なのかも知れません。もうそろそろ削除される人が出てもいい頃では?・・・きゃー。
|
私服から制服にすると入学希望者が増えるからと、わざわざ制服に変更する学校があるとか。新入生の側も歓迎する声が多いと聞かされたりすると、それを単なる最近の流行と片づけてしまってよいのでしょうか?つい何年か前までは管理教育の弊害だとか、膝上だ膝下だとスカートの裾にこだわる学校側のつまらない校則を問題にしていたと思うのに・・・最近ではわざわざ制服に着替えて盛り場に出かける女子高生も少なくないとか。右も左も、上も下も悪平等に固執するあまり、文字どおりのどんぐりの背比べに満足している人間があまりにも多すぎるようです。お互いを傷つけることを恐れるあまり、誰もが他者と同一化したいと思いこんで、まるで強迫神経症のようです。 シールの中に閉じこめられた友情、テレビゲームで知る愛、ポケベルで確かめ合う記憶・・・どれもこれもまるでウソくさい。女王アリの死絶えたアリ塚で、ひたすら右往左往してお互いを踏みつけあって、その存在を確認し続ける働きアリのようです。 なんだか・・・本当にこれから滅びつつある国のように思えて仕方がないのです。その滅亡の道筋も、飢餓や戦争などの古典的な破滅ではなく、ふとまわり見渡すと日没間近の逆光の中で、廃虚と化したビルディングや高速道路の橋脚が微妙に傾いていて、やがて人気のない路上に静かに崩壊していく。ひとり減りふたり減りと、都市からは人間の姿が消えてゆき、廃虚は街の中心から同心円上に郊外へ、地方へと拡がっていく。 誰にも知られず誰からも話題にされることもなく、いつの間にか日本という国も日本人もそんな風にこの地球上から消え去っていたりすると、なんだか・・・それはそれでとても魅力的なビジョンのように思えてきたりします。 う〜ん、本日の夕食のメニューは揚物でした。何となく「ナマ」っぽかったけど、揚物のレアってのは・・・どうもねぇ。
|
関西だとやってないのかな?テレビ朝日系列で夕方5時からやってるニュース。全国ネットになるのは6時からでしょうか。5時台は妙なワイドショーのりで、やたらと情報番組っぽいんだけど、結局どこかの番組のパクリやら、水増し情報みたいなモノばかり。 しかし・・・キャスター?の石田純一が実に馬鹿っぽい顔つきで、何とも言えない味がありますねぇ。ウソくさいコメントを、まるで気持のこもってない口調でへらへら読上げる様子は、完全に視聴者なめてます。 いくら「いやー、石田さんはナニも考えなくてもいいんです。その爽やかなスマイルでお茶の間の奥さん連中のハートはいただきですってば、がはははh。」等とテレビ局に口説かれたからとは言え(←想像)・・・やはり、自己を知ることが俳優として一番大切な心構えじゃないでしょうか。まさかこれから文化人になるつもり?う〜ん、とことん似合わないと思うけど。まぁ、どっちにしても大嫌いなタイプだから石田純一くんの将来にはなんの興味もありません。半年は続けるんでしょうね。やれやれ。 しかし、「久米宏」で一発あてたからって、本当にタレントをニュースキャスターに据えるのが好きなテレビ局です、テレビ朝日って。どうせキャスターにするなら思い切って「篠原ともえ」ぐらいを抜てきしないと、インパクトはぜんぜんありませんてば。まぁ、彼女が司会してるMTVかどこかの番組見たけど、別にそれほどイっちゃってる風でもなかったような気がします。単なる馬鹿ってカンジ?そう言えば、その番組の読者プレゼントが、あの「根本敬」の直筆色紙で、思わずハガキ出してしまったけど・・・当選したらそれはそれで迷惑かな。 「根本敬」のニュースキャスターってのも「ナウい」かも? ニュースのワイドショー化の弊害ってのは、もはや止めようがないのかも。そもそも、国から免許を受ける必要があるテレビ局に権力を監視する力などある筈もないし、広告収入によって成立つ「メディア」が消費者の利益を守る訳もないでしょう。日々馬鹿げた情報たれ流しているからこそ、日本はこんなに平和なんでしょう。まぁ、先の保証はまるで無いけど・・・
|
今日は何もない一日でした。おわり。 がはははh。気分的には本当にそんな感じで、取り立てて「どうという事もない日常」と言ってしまえばそれ迄です。朝起きて珈琲飲んで、だらだらして何となく夕方になって、晩飯食べて、適当に日記書いておしまい・・・う〜ん、仕事してる記述がないところを見ると、本当に仕事はやっていないようです。 いくら夕方の安売りとは言え、ちょっと買いすぎたかもしれません。パッケージには中トロと書いてありましたが、なにが中トロなのかは不明。と言うか・・・赤身と中トロの違いがよく分かりません。ラベルにそう書いてあるから、多分そうなんでしょう。
|
東京と埼玉の県境にある狭山丘陵まで、わが家からは車で10分ぐらいでしょうか。交通量の多い幹線道路からホンの数百メートル離れるだけで、本当にここが東京と云う風景が拡がってます。田舎から知人が来たりすると、テレビで見るメトロポリス東京とのあまりのギャップに、期待を思いっきり裏切られたりするようです。先週行った秋川渓谷なんて、文字通りひなびた山峡の地と形容するのがピッタリ。まぁ、僕の住んでいる多摩地区を東京と呼ぶのはかなりの部分反則なのかもしれません。そういえば、首都高速も高井戸以西は別料金ですから。<地域ネタは止めなさい。 それこそ昔は「武蔵の国」で、江戸とはまるで無関係な辺境の地と言うのが正しい認識なのでしょう。 じじくさい歴史談義やってる場合ではありません。はい、子供たちと約束した「おたまじゃくし取り」に、いわゆる谷地沿いに作られた溜め池まで行ってきたというお話しです。採取網持たせておけばいちいち付添っていなくても大丈夫だろうと、僕はのんびりとベンチでひなたぼっこしながら文庫本でも読んで待っているつもりでした。 う〜ん、バケツいっぱいのおたまじゃくしは結構グロテスクです。その上、なんだかゴソゴソ動くモノがいると思ったら・・・きゃー、小さいザリガニが3匹も!あぁ、今年も水槽でザリガニ飼育するのは勘弁してほしいです。とほほ。 去年の夏から飼っているザリ彦・・・まだ生きてます。あぁ、お仲間が増えてこれで産卵でもしたら、また水槽の中はザリガニが数百匹!?
|
あんなに自転車に乗ったのは本当に久しぶりでした。せいぜい片道3〜4キロなんですが、日頃の運動不足がたたって、いまでも身体があちこちギシギシ軋んでるような気がします。 えぇ、無理矢理にお花見です・・・少しぐらいは残ってるかと思っていたのですが、昭和記念公園のソメイヨシノは見事に葉桜でした。今夜9時まで夜桜見物とアナウンスしてましたが、そんなモノはどこにも見当らないと思うんだけど、広場にはぼんぼりやら屋台が並んで飲み食いに関してはしっかり営業してました。早めに帰ったので宴会目当とおぼしき連中の姿はほとんど見えませんでしたが、日暮になればドッと繰出してくるのかもしれません。天気だけはまさにお花見日和でしたから。 そのかわり、園内には行楽気分の家族連れが腐るほどいました。家族連れが連れだって緑に触れることが基本的な設計の公園ですから、それはそれで正しい在りようなのでしょう。ただ、大勢の家族連れ見ていると、なにやら息苦しさに襲われて居心地が悪くなるのは、まぁ・・・いつもと同じなのです。 ここの処やたらと家族で出かけることが多いような気がします。なんだか後ろぐらい事でもあるのでしょうか。家族内での立場などが気になり出したら、すでにソレは手遅れかも。どっちにしても、家族に好かれる父親なんてのは所詮くだらない奴と相場は決ってますが・・・
|
今後何年にも渡って、判決や求刑といった区切りの度に何度でもくり返されることになるのでしょう。はたして彼は狂人なのか?あるいは奸智に長けた冷酷な連続殺人犯で、法廷での彼の言動は全て詐病であると・・・ 閉塞する世代の象徴としての「連続幼女誘拐殺人犯・宮崎勤」の裁判では、結局、快楽殺人者として断罪することでしか、「事件」のおちつきの悪さとでもいうべきモノを理解することが出来なかったようです。 人間は誰も、無抵抗な幼児を殺害し、その死体を弄ぶことで秘かな快感を得る人間を到底理解することができないのでしょう。いや、理解したくないと思っているだけなのかも。 事件に戦慄し、犯行の詳細を報道することに右往左往したマスコミと、そこから洩れだしてきた腐臭にも似た事件の細部を争って知りたがった僕たちの中にも、明らかに彼の「狂気」は根強く残っている筈です。およそ、楽しみのために殺しをするのはやはりホモサピエンスだけでしょう。ハンティングをスポーツと呼び、食べるわけでもない魚を争って釣上げてその数や重さを競ってみたり、子供たちのペットと呼ばれながら、いじり殺されるために売られるペットショップのハムスターたち。 その上、決して止むことのない戦争と飢餓の歴史は、むしろ20世紀に入ってからは一層加速しているのかもしれません。なにか・・・他者の命を左右することに秘かな快感を見いだした事で、人はサルから別れてきたような気さえします。 人類の歴史にとって死と殺戮こそが唯一の進化の証だとするなら、やはり宮崎勤は、僕たちとは無縁な「怪物」などでは決してないのです。「隣人」や「家族」ではなく、他ならぬ僕たち自身のドッペルゲンガーが、あの無表情で幼稚な受答えをする法廷の彼なのでしょう。 彼の魂の奥深いところにあるモノになにかしら魅せられている僕もまた、自分自身の存在に戦慄しているのかもしれません。 精神鑑定などと仰々しく名前が付いていても、所詮は裁判官の心証一つであっさり否定されたり都合良く引用される、その程度の不確かな「印象」にしか過ぎないモノなのでしょう。精神科医の側からほとんど反論が聞えないのも何やら疎ましいような気がします。
|
正確に言うと、彼は関西人ではなかったのかな?ただ、彼の「匂い」が如何ともしがたいほどに大阪的であって、何かと気になる存在であることは確かなのです。 まだ世界タイトルに挑戦していることが、正直言って驚きでした。浪速のジョーこと「辰吉丈一郎」の世界タイトルマッチ・・・ 関西で言うところの「やんちゃ」で「いちびり」な彼のキャラクターが、マスコミ的なもてはやされ方をする原因なのでしょう。ブラウン管の中でいくら道化て見せても、それは珍奇なサルの曲芸と同じ見せ物にしかなり得ず、結局はボクサーは試合でしか自らを語る術を持たないのは、他ならぬ彼自身が充分承知していたはずです。だからこそ、何度も彼は世界タイトルに挑戦することになるのでしょう。 「横山やすし」などに通じる破滅型と言ってしまえばそれまでなのですが、プライベートの辰吉丈一郎を見ていると、あんがい処世術に長けたところもあって、意外としぶといかもしれません。
|