硫化水素発生させての自殺事件がニュースをにぎわしている。最近ではお決まりのパターンになったようにすら思える「戸に目張りして外に『ガス発生中』などと張り紙」。
なんで張り紙するんだろうな、と思う。致死性のガスを発生させるのであれば、周りに被害を及ぼさないためにはできるだけ遠くに逃げてもらうこと。浴室でガスを発生させてるならば自宅の玄関ドアの前あたりに張るとか、そもそも人家をさけて山里に入るとか、しないといけない。
家の中に張り紙をするということは、それを見る人は親とか兄弟とか、まあ同居人と考えるのが普通だろう。自殺しようという本人は、張り紙を見た相手が逃げるのではなく、かえって助けようと入ってくることは想像していないのだろうか。紙を貼っておけば入って来ない程度の関係と本人が思っていたのか、それともそこまで考えていなかったのか。
自殺者の心の動きに理性的であることを求めてはいけないのかもしれないが、「ガス発生中」なんて張り紙をする気持ちの中には、ほんの少しでも見つけてわたしを助けてほしいというような、そんな気持ちも混じっているのではないかなと思ったりする。
なじみのお年寄りが外来に。明るく愚痴っぽい方なのだが、「もうわたしは後期高齢者になっちゃいましたって話をしたら、口の悪い方がそろそろ末期高齢者になるんじゃないかって」と仰る。
厚生労働省の後期高齢者医療制度の説明を聞いているとよっぽど末期高齢者と呼びたかったんじゃないかという思いがひしひしと。だれだっていつかは死ぬんだし、どんな死に方をしたいか考えるのは年齢に関わらず悪いことじゃない。けど、医療制度とリンクさせたり○歳超えたらあとは死ぬのを待つばかりみたいな言い方するのはおかしいだろうよ。
連休。とりあえずたまった本を読む。
「GOSHICK II」(桜庭一樹/富士見ミステリー文庫)と「スプライトシュピーゲル IV」(冲方丁/富士見ファンタジア文庫)。
日中昭和記念公園まで遠出。入り口で年間パスポート四千円なりを販売していたのだが、家が近ければ買ってもいいなぁと思うほどには遊びでがある、と思う。
残念ながら日差しが強かったせいか人が多かったせいか子どもの方はちょっと遊んだら疲れてしまったようだったけれど。
夕方から当直。色々と患者さん対応。
当直明け。そのまま透析当番。
連休にも関わらず予定の注射が指示されてない人が少なからずあってちょっとめげるくらい。何とかならんかったのかねぇ。
夜には病棟急変があって対応せにゃならなくなるし。結局日付変わってから病院出るくらい。
今日もお子様は元気に朝五時過ぎから活動開始。頼む、寝かせてくれ‥‥(哀)。
DKIMなんて技術が確立しつつあるらしい。そんな話の中で「素人細工でメーリングリストを作れる時代が終わる」なんて感想を聞いた。
インターネットが成立し、発展する中では数多くの「素人の一工夫」的なものがみんなのものとして共有され新しい技術に取り入れられていたと思うのだけれど、巨大化し複雑化していけば多くの人にとってはただありがたく使わせていただくしかない魔法に近くなっていく。それは技術というものの性だと思うから仕方はないのだろうけれど、感慨を抱いてみたりはする。
やっと休みが明けて平常業務に。──朝食の準備ができても寝くさるこどもを叩き起こしたりしながら朝の準備を整える。
ちなみに夜は素直に寝つくのを嫌がってどったんばったんするうちのお子様。ようやっとエネルギー切れしたように寝ついたのは十一時でした‥‥。
「スプライトシュピーゲルIV テンペスト」(冲方丁/富士見ファンタジア文庫)。ある意味漫画的な、擬音やルビや記号を多用した表現。なんとなく「家族八景」で筒井康隆が使用した文体にちょっとだけ似ているような気が、する。
壮絶な破壊、急転回に次ぐ急展開で、追いつけないくらい一気にページを繰ったのだけれど。感じたのは「世界を変える」ことへのエネルギー。作品中で闘われた「ゲームとしての世界政治」を、現実に行おうとすればとんでもないエネルギーが費やされ、たくさんの汗と血が流されるのが現実で、でもそれを払いながらなお世界を変えていこうというような力強い動きがあるんだという感じがして読んでいる側が力をもらえる。そんな作品だと思う。
仕事が少なめの日でも多い日と同じ密度で仕事をして、早い時間で終えるのってもしかしたら特殊技能なのかもしれない。少なくともわたしには備わってないらしい。(ぉぃ)
夜のケースカンファレンスのお題は妊婦の重症アレルギー。妊婦(特に後期)は体内に赤ん坊という別人を住まわせる関係上、免疫機能も調整されていてアレルギーは出にくくなっている、というのが定説であったりする。それなのに重症アレルギーを生じたというお話で、「起こる可能性が低い」と「起こることはない」の差はとても大きいと思った次第。
何だか忙しく。おっかしいなぁ....。
「オイレンシュピーゲル」(冲方丁/角川スニーカー文庫)読了。「スプライト」と密接につながり、最後は一つになるストーリー。そして構成もさながら鏡像のように、それぞれが単独での闘いを余儀なくされ、先達に導かれる。ふたつの物語を読んでようやく一つの作品を読み終えたと思えるような充実感。
自動車免許証の書き換えに免許試験場まで出向く。九時過ぎに自宅を出発したけれど、試験場前の道路は駐車場入場待ちの車で列ができている。‥‥自分は単車で出かけたのでそれほど苦労せずに駐車ができたけれど。
久しぶりに透析用カテーテル穿刺。‥‥血管細くてかなり往生。
夜は当直。
自殺しようと薬を飲んでから思い直して電話をかけてきたという患者さんが。‥‥思い直すくらいなら薬を飲むなと(ry
ちなみに、農薬に使われるパラコートは致死量飲んでしまえばどうやっても助からず、もう自殺はしないと思い直した人まで死んでいってしまうという.....
透析診療所の本棚で病気が歴史に与えた影響、なんてテーマの本を見つける。医学が未発達だった時代には今よりも病気というものの存在感はもっと大きかったと思うし、それがコントロールできるようになってヒトは増長した、そんな風にも思ったりする。
歴史というと、いま手ごろな本がないかと探しているのはフローレンス・ナイチンゲールの(生涯にわたる)伝記。クリミア戦争以後の彼女の生活を描いたものはないかと。
自分の仕事の質、ってものに時々思いをいたすことがある。自分は本当に質の高い仕事ができているか? 多分一番正直に言えば「わからない」なのだと思う。患者さん受けすればいい仕事ともいえないし、でもそれだけが評価点とも思えない。
悩み出すときりないので、時々悩むだけ、だけれど。
最低限やらないといけないことで終わっていく金曜日。
さてそろそろ帰ろうかと思っているところで病棟患者急変しているのに行き合い。あれこれ手伝ってると遅くなる。
朝はのんびり。水ぼうそうの子どもに付き会ってから、少しだけ病院へ。
「”文学少女”と神に臨む作家〔ロマンシェ〕〈上〉」読了。毎回誰かしらかなり痛い思いをしている割に読後感がすっきりしているこのシリーズ(ぉぃ、今回は井上心葉くんがボロボロ.....ちゃんと最後には幸せな記憶に辿り着いてくれるのかっ? 下巻が待ち遠しい。
余談だが、久しぶりに”<”を入力しようとして"<"ってさらっと入力できるのは一般技能と思ってていいんだろうなきっと。(いまだにhtml手書きしているわたし....)
晴れた週末・仕事はなし。‥‥となると庭木の手入れしないといけないのが現状で。好き放題伸びてくれるし樹種わからないものも多数あるし。
大魔王からご託宣来る。
新しく当院に入植入職した研修医諸君。しかし地元の地理や文化に疎いのは(ある程度は仕方ないにしても)困り者。
ふと、小学校3−4年生向けの「わたしたちの○○市」みたいな副読本があると便利かな、と思ったのだが。売ってないだろうな.....。
カゼ気味。でも仕事はできる程度。こういうとき、普通は仕事に出かけるんでしょうが、医者は果たして仕事に出ていいのかどうか。
一方で「休まれたらその分の仕事を誰がするんだ」ってもっともな意見があり。もっと余裕のある人員配置ができるようになってほしいもので。
夜は腎生検カンファレンス。お隣の病院から先生をお招きしてのこのイベントも徐々に定着してきた観があり。
「この症例はぜひ論文で発表しましょう!」とか言われて固まっているシーンなどもひと事ならばなかなか趣き深く。
「禁じられた楽園」(恩田陸/徳間文庫)を読み始めている。どうでもいいけど、作品がなかなか文庫落ちして来ないのが難だな。
「この世のものではない道具。理解不能な法則。見たことのない機械。そういう、見ている者の価値観や常識を不安に陥れる類いのもの」という文章に引っかかる。多分わたしはそういうものに引き寄せられる方の人間で、それは言ってしまえばときに危ない橋につながっているはずなのだけれど。
トンデモ請願ありと。請願の要旨を読むとなんだかイイ感じに決めつけいっぱいで。
取り上げているのがエロゲということでそもそも大きな声で擁護を口にしづらいジャンルではあると思うけれど、だからといって「表現の自由以前」と法で規定することは問題だと思う。請願の文書を読む限り、表現の自由が及ばない分野ってのを規定していいって立場に立っているようで、それはすごく表現の自由を守る上で危険なことじゃないかと思う。
世間的に文学的価値が高いと評価されている作品にも性描写や差別意識やもろもろ「マネしちゃいけない」感情が描かれていたりすると思うのだが。「シベールの日曜日」でもないが、あやしそうだと思ったらとりあえず撃ち殺しておくような対応ではよくないと思う。
外来には初診でいきなり予後不良そうな方来院。口ぶりからは自分でもあんまりよい病気じゃなさそうと思いながら受診したんじゃないかという気が。入院精査お勧めしたら断られ、外来で検査方針で。
家族もついてきてて、年齢もそんな年寄りというわけではない。であれば可能な範囲で自宅、ってのも一つの選択肢とは思う。ただ自分の意志のみで、治療法が選択できたらいいのだけれど、現実には経済力や介護を手伝ってくれる家族の有無や自宅の状況で治療法は選択されているのが実情。
他の診療所の手書きカルテを眺めていたら、医師の記録の脇に鉛筆書きで内容を清書したと思われる書き込みを見つける。つーか、ヒエログリフでカルテを書くようじゃ困るんだが。
わたし自身は比較的悪筆への耐性が強く、何度も見ているうちにだんだん読めるようになってくる。文字の崩れ方の個性がだんだん頭に入ってくるのではないかと思っているのだが。
「禁じられた楽園」(恩田陸/徳間文庫)の話を相方とする。結構怖い展開だけど、自分の中に潜められてきた狂気とか異質なものを目の当りにすることの怖さがあるのかな、なんて話を。新井素子さんのホラーと、そういう面では似てるけど、登場人物がもっと理知的ってあたりで話がまとまった。
最後に思い切り展開をひっくり返した彼女の力の源は、何だったんだろうか。
余談。「禁じられたら食えん」ってどうよ>ことえり
当直。なんだか引きも切らずに救急車やら来院患者やら。日付が変わった後はぱったりこなかったけれど‥‥。
夜数時間しか眠れず、午後の外来を始める前にほんの数分仮眠をとる。不思議と寝たのかどうかもわからないほどの休憩でも、少しすっきりする。
「ARIEL 02」を読了。久しぶりに絢の決め台詞を読んで、やはりARIELのベストヒロインは彼女だとの思いを深くする。そういえば最後まで大学に受からなかったけれど、外伝で補完されるのであろうか。
今受け持ち患者が揃って後期高齢者。六十代も一人いるが障害者なので一応後期高齢者医療制度の対象になる。
するとまあ、よくなるのには時間がかかり、悪くなるのは早く。あんまり焦ってもしょうがないのだけれどねぇ。
午前中外来。雨模様だったせいか数は少なかったのだが十分密度は濃く。
一人入院指示したのは比較的若い方。診察と問診からはどうも長い間高血圧が放ってあったらしく。それが体に不可逆的なダメージを与えていなければいいのだけれど。
診療の合間を見て耳鼻科受診。鼻がどうも詰まるので。
内視鏡を鼻に突っ込まれて、慢性鼻炎ですね、とのこと。抗ヒスタミン剤出されて経過観察方針となったが、さてこの抗ヒスタミン剤、人にもよるが眠気が出るので有名な薬。
そのまま当直だったので夜は薬を飲まなかったが、朝から飲んでみるのがちょっと楽しみ。どのくらい眠くなるかなぁ。(ぉぃ