歳時記(diary):六月の項

一日

"Credens justitiam"をひたすら聞きながらお仕事してたりする。一種バロック時代のコラールみたいな雰囲気のこの曲をひたすら聴いてると、「もうなにも怖くない」になれる気が。

二日

勤務外で救命処置 停職6か月のニュースをネタにFacebookで「真剣30代しゃべり場」してみたりする。
わたしはこの消防士の行為を評価する上では二つのポイントがあると思う。「医学的妥当性」と「法令との関係」だ。救急救命士は基本的に「細かい医学的評価は出来ないよ」という前提をおいて設計されている免許制度だと思っている。実際、救急車に乗り組んで患者の状態を把握し医療機関につなぐ、というところに重点を置かれているとおもうし、能力も正直言ってかなりばらばら。
今回のケースでは、救命処置を施された患者は本当に救急車が病院に連れて行くのを待てないほどに状態が切迫していたの?ということが一つの検討課題。どうやら静脈路の確保を行ったようなのだが、外傷患者に補液を多くしすぎるとよくないなんて報告もあり、法令を遵守できないほどに患者の状態が切迫していたというならばともかく、そうでなければ自分に許されている範囲の処置で対応してもよかったんじゃないかなぁ、と。
処分に対して厳しすぎるとの声もあるようだけれど、そもそも医療用の点滴セットを非番の消防隊員が持ち歩いていることは妥当なの?と思いますので。そのうえで処置行為の内容も妥当性に疑問を抱く状況では、処分やむなしではないかな、と。プロフェッショナルとしては、やはり自分に許されている行為をきちんとわきまえないといけないし、許されない行為をあえてするならば、それをするには職を賭けなければならないだろうと思う。
救急救命士の業務内容拡大、って話もあるようだけれど、前述のごとく救急救命士も能力はばらばらなので、たとえば学校行く必要なく准看護師の国家試験を受けられるようにするとか、そういった形で上のグレードの認定を受けられる道筋をつけるほうが望ましいのではないかと思う。

三日

夜は当院における毎週の症例検討会が1000回を超えたということで記念のレセプション。全く休まずに続けても20年かかるということで、まずはめでたい、と思う。
営々と取り組みを続けることは、地味でいて大きな力を生む、と思う。

四日

土曜出勤して、そのまま当直。
夜帯に入ったところで呼吸状態悪い人があり、その人にかかりきりになりかけたところで歩いてきた患者が心筋梗塞と来たものだ。当院では対応できないということで他院転送の手配をし。もちろんその間にも来院する患者はあり。日付が変わる頃まできっちり疲れた。

五日

日付変わったあとは比較的落ち着いていてやれやれ。
自宅へ戻って軽く子どもの相手をし、「Gosick」アニメをみて。息子はすっかりヴィクトリカを覚えたようだが、久城くんにはあまり興味がないらしい。いいのかそれで。

六日

外来は紹介患者と予約患者で立て込み、病棟では新入院患者がいきなりCPAになったりしていた。なんだかぐったりな一日.....。

七日

仕事帰りがけ書店に寄って「Story Seller 3」(新潮社)を購入。「片恋」(さだまさし)読了。
仕事柄、緊急時には「やりたいこと」ではなく「なすべきこと」をやらないと、とわたしは思っている。けれど、それが正しいことなのかと考えると時々わからない。前半で石橋南が仕事について悩むのは、"かくあるべき"ものであるような気がした。
話の冒頭で提示される「シモダヒロヒコ」の謎が徐々に明かされる後半。ラストでラブストーリーに昇華した、そんなふうに思った。

八日

外来透析の対応をして、夜は会議。

九日

昨日入院のまだ若い男性。慢性腎不全状態なのだけれど、浮腫が取れないということで本日より維持透析開始。──透析しながらの人生、どう対応したものだろうかと思ったりする。

夜は当直。前回よりは落ち着いてましたかね。
吐き気、って受診してきた若い女性の診察をしてたら、どうも吐き気の原因が便秘っぽいってことに。画像上腸から胃まで張っていて。ここまでなるものかとちょっとびっくり。

十日

朝方医局にいると電話が鳴る。まだ誰もいないので電話を取ると後輩の先生が体調不良で本日お休みの由。──ええ、一人で二人分仕事しましたさ。病棟の患者さんも二人分きっちり診ましてね。
おかげでケースカンファレンスは出られませんでしたが。

十一日

もともとは午後出勤だったけれど予定変更で朝から。
午後から在宅往診対応当番。引き継ぎに行ったら「さっそく依頼があって....」って二件臨時往診。どっちも話が長くなる(苦笑) 一件は診断がまずきちんとしてなくてしかも普段診てる医者の思いと患者の思いにズレがあり。多分悪性腫瘍だと思うのだけれど、患者はよい診断・よい治療よりも自分らしい生活・自分らしい最期を望んでいて、医者は確かな診断としっかりした治療の軌道に乗せようと入院を勧めているという関係。ぽっと行った医者がこのギャップを埋めるのは難しいって。
こういう患者には医学的に根拠のある、どこからみてもよい治療をって目標ではなく、在宅医療の範囲内で自分になし得るかぎりで最高の治療をやる、って方向で取り組むほうが満足度が高いと思うのだけれど。もっとも、それをやるにはそれなりの修羅場をくぐってこないといけないだろうとは思うのだが。
どうでもいいが、その二件を終えて医局に戻ってきたところで後輩が呑気に「おれも在宅往診当番やりたいなぁ」って。「ああ、そりゃあ家にいても手に負えないんで病院来てください」を禁句にされたら、在宅往診は大変なんだぞと小一時間(ry

十二日

未明から起きだす。昨日早寝した息子娘が起きだしてぐずついてきたところでパンを焼いて牛乳注いでおいて病院へ。在宅当番明けに合わせて負荷試験など。

帰ってきてから子ども連れて公園へ行き、駆けずり回るところを相手して。
あとは「メグとセロン」を読んだくらいか。

十三日

Childhood Leukemia in the Vicinity of Nuclear Power Plants in Germanyなんて論文の存在を知る。ドイツで「原発近くでは小児白血病の発症率が上がっている」と報告したもの。Childhood leukaemia near British nuclear installations: methodological issues and recent resultsでは「イギリスで調べたらそのような結果は出なかった」と報告しているようだが、本当のところはどんなものか。

十四日

ニコニコ動画でMMDなんて略語が出てきたので何だろうと思ったらMikuMikuDanceの略との由。まど☆マギのMMD動画とか見入ってしまっている今日この頃。

十五日

朝方子どもを保育園に抱えていくところで電話が鳴る。受け持ち患者が転倒して骨折との由。まだ若いのにいろいろ無茶をしている人で、病状がどんどん悪くなっている理由をひと言「自業自得」と説明されてしまうような人。
まぁひと言でいってダメな人なのだけれど、それでも最低限度の生活は営めるように、と憲法は要請している。最低限度、をさだめるのは難しいと思う。たとえば震災の被災者に保障される最低限度と自堕落な生活を送る人に保障される最低限度は同じでいいのだろうか。違うとしたら、高いレベルの最低限度と低いレベルの最低限度というのは論理矛盾ではないのだろうか。
かといって、心情的には「最低限度の生活すら与える必要はない」と言いたくなるような人間は確かにいる。医者としてはそういった人に対しても、積極的に手を抜くことはしないでありたいと思う。最大の熱意を傾けられるかと尋ねられたら、ボクも人間だからねと答えるだろうけれども。

十六日

朝もはよから腎臓学会学術総会ということで横浜へ。IgA腎症のセッションを聞き、AKIのセッションを聞いて。
道中のお供は「数学ガール ゲーデルの不完全性定理」(結城浩/ソフトバンククリエイティブ)途中から論理が追いきれなくなるのはいつものことだけれど、それでも読んでしまうのはやはり登場人物が魅力的なのと、随所で光る発想を感じるから、だろうか。たまにはきちんと理詰めで考えてみないといけないと思うわけだ。
「不完全性定理の結果を使って数学的な話をしたいなら、対象を数学にしぼって話そう。そうではなく、不完全性定理の結果からインスピレーションをもらって数学論的な話をしたいなら、そのつもりで話そう。忘れてはならないのは、数学論的な話は《数学的に証明された》わけではないということ」(本文p368)
わたしたちはしばしば議論の中で前提条件や制約、言及されない例外の存在を忘れる。勿論そういったものを飛び越えることで見える可能性はあるけれども、特に現実のできごとや理論についての検討をしている時には、そういったことが曲解やミスリードにつながる。「本当に確かなもの」だけを寄せ集めていく作業はとても難しいと思う。

十七日

仕事。透析当番に病棟業務に夜透析当番まで。

十八日

スタジオジブリ自社ビルの屋上に「スタジオジブリは原発抜きの電気で映画を作りたい」。「〜たい」という希望を示す助動詞で文を閉じているのが趣深いと思う。現実にジブリへの送電に原発からの電気が来ているとか来ていないとか判断することはできないだろうし、原発が動いている限り映画を作りませんとか言ってしまえば最悪会社がつぶれる。
だから、こうであってほしいなという思いの表現があの文章になったのではないかなと思う。

十九日

透析医学会。CKD-MBDについてなど。
腎臓学会よりずっと大きな規模なのだけれど....朝一番でランチョンセミナーの整理券配付場所が戦場になっているのはどうしたことか。ランチョンセミナー=昼飯としか思ってない人もきっと多いんだろうなー。

行き帰りの読書は「つまらない人生入門●鬱屈大全」。後書きで春日武彦先生が「そんなに、明るいのが気持ちいいんだったら、脳に電極つないで、電気でも流せばいいんだよ。」と言っていたのに爆笑。悩める青少年を片端から電気痙攣療法する時代が来るとしたらそれはとてもイヤな時代だなって。

二十日

某先生の学会参加報告書の備考欄に「秋葉原駅から数分の会場だったが、到着するまでに七人のメイドさんから声をかけられた」とか記されていて爆笑した夜。そうか、秋葉原は今やメイドさんに占拠された町になってしまったのか(違)

二十一日

だんだん寝苦しくなってくる。夏ですねー。(違)

救急外来に胆管炎の患者さん来たる。透析患者さんということで、消化器科に相談が行く前に主治医はわたしということになっている(炸裂) 敗血症状態だろうということで、きっちり処置してからPMXしてCHDF開始。

二十二日

昨日の患者さんは間食をこっそり始めたので治癒傾向にあると判断。 食欲魔神おそるべし。

二十三日

肺がんの受け持ち患者さんの調子が今一つで。ターミナルケアなんて得意じゃないんだよぉといいながらモルヒネ投与を開始。「先生によく診てもらっているから」という患者さんはやっぱり大事にしてあげたいし。最期には、どうかしあわせな記憶を。

二十四日

朝から救急車を三時間で計四件。当院周辺はそれほど救急車の応需率が悪くないのだが、となりの地域が有力な救急病院がなく結構流れ込んでくる。大病院がかかりつけを平気で断ってくるのでたちが悪い。

ここんところ透析導入寸前という人が数人。どの人も透析しないで死んでいいというので話が面倒。医者としては実はよさそうなことはなんでもやるほうがある意味では簡単。やったほうがいいのかやらなくていいのかで悩んだり、逆に本人が拒否していることでも勧めた方がいいのかと悩んだりするのが難しいテーマになる。
自分の意思で透析を拒否しているような人とか、透析開始するほうが幸せになれるような気もして、けっこう悩むことはある。

二十五日

Quartz XL Lightで検索する小熊さんのtwitterがトップにヒットする。仮にも一企業の商品名を検索ワードにしたのになぜだろう。
ときどき自分のフルネームを検索にかけて、上の方でヒットしないことに安心したりしている小市民....。

二十六日

子どもの世話をする一日。
散歩に連れ出せば駅まで歩いてしまって電車に乗りたいとかいいだすし。数駅乗ってミスタードーナッツ食べて帰ってきた。その後多少自転車遊びなどやらせたのでまあいいか。

二十七日

がんの脳転移の人に振り回された今日一日。あんまり普段やってないから苦手なんだよぉ。

二十八日

少し病棟が落ち着いてきてほっと。数は多いのだけれど。

二十九日

臓器売買事件が再発しているのだが、再び宇和島徳州会病院がその舞台になった。
以前のことがあり、倫理委員会での審査を厳格にするなどの対応はとっていたようだが、それでも、というところに、「隙をつかれた」という感を抱く。実際には関わっていないとなったが、一度自分たちが診療した患者が臓器売買を起こしたわけで、再発させてはならないと思えば、少しでも怪しいところがあれば移植をお断りするという姿勢で臨むのが必要だと思う。それでもうちならすぐ移植と全国から患者 宇和島徳洲会 という状況で、丁寧に患者の背景を把握し、確実にドナーの意思を確認するという手続きがされているのか疑問を感じる。「待たされる」のはある程度必要なことでもあるはずだ。
一方で術後ドナーと接触せず 宇和島徳洲会 検診のルールなし なんて報道もある。ドナーは単純に考えて腎機能が半分に落ちる。教科書的にはクレアチニンクリアランスが100ml/min前後が正常のところ50ml/min程度まで落ち込むことになる。術創がきれいに治ったとしても、慢性腎機能障害を患った患者として対応すべきという流れになってきており、「学会の会員ではないので学会のルールに縛られる必要はない」という反論は、ドナー患者のことを考えたことばとは思えないものだと思う。
わたしの立場としては過去にも書いた通り、宇和島徳州会病院・万波医師の移植医療には同意できないいくつかの問題があるとのスタンスである。最後は患者と医師の間で治療方針は選択すべきものだし、公式通りの治療法をとらないことがあってもいいとは思うが、それでよかったのかとの検証は常に受ける必要があると思う。

三十日

風邪気味。体が重いので帰ってきたら飯食ってそのまま寝倒れる。


Written by Genesis
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