灰色の部屋 都会の迷路のような盛り場で声をかけられた私は、ひどくご機嫌な気分のまま、その中国人らしき男の後を付いていく。会話の中身はまるで覚えていない。何やら意味不明な笑みを浮かべる男との間でどんな商談が成立したのか?いくばくかの金をその男に渡すと、黙って、付いてくるように私を促した。ことさらに路地裏を選んで歩いているのか、私はまったく方向感覚を失っていた。 いつの間にかビルの外階段を上がって屋上にでた。まわりを高いビルに囲まれてまるで見通しのきかないその屋上に、灰色のペントハウスがあった。緑色の鋼鉄製の扉の前に立った男が、ここが私の目的地だと告げる。男は扉の中へは入ろうとしない。何かを恐れているように見えたが、私のアルコールで麻痺した頭は、そうした違和感を感じるヒマもなく、男にドアの向こうへ押しやられた。 入口の緑色のドアを抜けると、もう一つ頑丈そうな扉があった。緋色に塗られたその扉をそっと開ける。 灰色の壁に灰色の床。窓のない部屋の中央には、これも灰色のシーツが掛かった巨大なベットが置かれている。その上に全裸の女がうつ伏せに眠っていた。乱れた黒髪がその表情を隠している。白い肌と伸びやかな姿態がまぶしい。シーツに押しつけられた、小ぶりだが形のよい乳房が、呼吸の度に上下する。 この女が商談の結果なのか?私はどんな契約を彼と結んだのか?なぜ男は部屋に入らないのか?数々の疑問をねじ伏せるほど、私はその女に魅せられていた。 そっと近づいた私は、女の髪に手をのばそうとして、それがうねうねと蠢く無数の蛇であることに息をのんだ。唇から覗く赤い舌が、私を誘うようにちろちろと舌なめずりをする。 足元から石化する私自身を意識しながら、尚も、蠢く黒い蛇の陰に光るおんなの凍った瞳に、私は欲情していた。
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