昨日からの続きなので、昨日の日記を読んでない方はこちらからどうぞ。 Part two 厚い暗幕用のカーテンの下がった部屋には、かび臭い空気と共にかすかな刺激臭が漂っていた。壁のスイッチを探るが、それらしい物は見当たらない。カーテンの隙間から差し込む午後の日差しで、部屋のなかはぼんやりと見える。 壁際には、ガラスの引き戸がついた展示ケースが何台か・・・中には円筒形のガラス瓶が雑然と並んでいる。解剖され、スギ板の上にピンで固定された"かえる"。すっかり色を失った内臓がゆらゆらとフォルマリンの中で揺れている。正中線で両断されたネズミがガラス瓶の中で泳ぐように足を延ばした姿勢のまま、凍り付いている。絡み合ったまま、瞼のない瞳で僕を見返す、数十匹の蛇の群。埃まみれの剥製がケースの中で僕を威嚇していた。 口に中に酸っぱい唾液が溢れてくる。心臓の鼓動がはやくなり、後頭部に痺れるような悪寒が走る。少しづつ後ずさりしながら、部屋をでようとた僕は、カーテンの向こうに小さな人の足を見つけた。 僕はその小さな足から目を離すことができない。大声を上げて逃げ出したいのに、吸い寄せられるように僕はそのカーテンの前に。そっとカーテンを開ける。 血塗れの眼球が僕を見返した。呼吸も忘れてじっと見つめる。 ちょうど、当時の僕と背格好が同じぐらいの、子供の人体模型だった。体の半分は剥き出しの筋肉と赤や紫の血管がびっしりと書き込まれていた。上塗りされたニスもすっかりはげ落ち、絵の具の色もすっかり色あせていた。赤や褐色に彩色された紙製の内臓もほとんどが失われ、腹部はがらんとした空洞だった。ただ、精緻に描かれた表情筋が、まるで笑っているように見える眼窩の奥で、これは奇跡的に色あせることの無かった眼球が、僕を見返していた。そっと取り出して、掌に乗せてみる。大きめのビー玉程度で・・・紙製でピンポン玉の様に軽い。この眼球が、僕の宝物箱のなかでじっと僕を見返しているシーンが、まるで映画のように脳裏に浮かんだ。そのあまりに魅力的なイメージの誘惑に、僕はあらがうことができない。ポケットにその紙製の眼球をしのばせた僕は、後ろ手で静かに扉を閉じる。もう、恐怖はなかった。 小さいときから妙なモノを集める癖があって、両親を驚かせたりうんざりさせたりした記憶がある。 気味の悪い骨やおもちゃを集めたり、その夜は必ず悪夢にうなされる癖に、近所の映画館に恐怖映画が掛かると、必ず両親に連れていくようにせがんだモノだった。 何カ月も同じ悪夢を見ることもあった。それは、目覚めた後で、悪夢だった、という記憶があるだけの不可思議な夢だった。 しかし、その恐怖の記憶の確かさに、じっと布団の中で夜が明けるのを待つ夜も、何度となくあった。 そして最近では、タイや中南米あたりから流れてくる事故や犯罪現場の死者の写真を、恐怖と嫌悪にさいなまれながら見ることがある。 Internet上でも、さまざまな死者や想像を絶するようなフリークス達の写真が公開されていたりして、深夜にモニターの前でザワザワと鳥肌の立つようなことも頻繁にある。 かといって、何故そうした死者やフリークス達に魅せられるのか、確乎とした意識がある訳ではない。異様にネジ曲がり、切断され腐敗する肉体が、人は死ねばただの物体となり果てることを改めて僕たちに教えてくれる。いや、生者もまた、所詮は血と肉と糞便で出来た、不確かな存在であることに気付く。フリークスも、その進化の可能性の理不尽さを自らの肉体によって証明しようとしているのかもしれない。 自らの命の証明を死者やフリークス達によって確かめる・・・愚かしい人間の愚かしい行為であるのかもしれません。
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