今日で無断欠勤はもう3日になる。電話はいつまでも呼び出し音をくり返すばかりで、誰もでる気配はない。今まではそんな事は決してなかっただけに、さすがに気になった上司が、誰か様子を見てくるようにと、私にそう告げる。 気の重い役目に、私は誰かを身替わりに立てることを考えるが、その替わりの人間が彼女のアパートで何を発見する事になるのか?あるいは彼女の口から何かを告げられるのではないか?、そんな愚かな危惧から、やはり私が退社後に彼女のアパートへ向かうことになる。 私鉄の沿線で1時間ばかり、都心から離れた郊外に彼女のマンションはあった。空は灰色に低くたれこめ、遠くの雷雲が恐ろしいスピードで頭上に迫ってくる。 ドアの前に立ち、ある種の覚悟を決めながらチャイムを鳴らす。予想した彼女の返事はなく、部屋はひっそりと静まり返っている。財布から鍵をとりだし、静かにドアを開ける。何度目かの朝に、彼女自身から手渡された鍵だった。 彼女が無断欠勤する前日、私との間で交わされた愚かで不毛な会話が蘇る。責任を求める彼女と、所詮SEXだけの関係に逃げ込みたい卑怯な私の思惑が、まともな会話を成立させるはずもなかった。最後はお互いの肉体に、不確かなその場限りの結論を重ねるだけのSEX・・・ずっとそんなことをくり返していた。 しかしあの夜の彼女は、そうしたどろどろのSEXが終わった後も、私を許すことがなかった。 いつまでも自分の殻に閉じこもっているのは君のために良くない。早く脱皮しておとなにならなきゃ。 どこまでも卑怯な私は、ひたすら彼女から逃げることばかりを考えていた。その日以来、私はこうして"何か"を探して、この部屋の扉を開けることを、半ば予感していたのかも知れない。 リビングに続く扉が微かに開いている・・・静まり返った部屋には誰もいない。奥に続く寝室の扉は閉じているが、そこからはイヤな匂いが漂っていた。青臭い雑草が夏の日差しに蒸せかえるような、鼻孔の奥を直接刺激する悪臭だった。 寝室の扉を開ける。厚いカーテンの降りた部屋は入口からの微かな明かり以外、深い闇の中に沈んでいた。なぜか、とてつもない不安感が押し寄せる。逃げだそうと振り返った私の足元に何やら柔らかな感触のモノが落ちている。廊下にともる電球に照らされた"それ"がなんであるのか?最初はまるで理解できない。 半透明のウエットスーツの様な薄い皮膜で出来た"それ"。ぱっくりと開いた背中は空洞で、そこからつながる頭らしきモノ・・・それが透き通ったシリコン製の仮面のような彼女の顔であることに気づいた私の背後で、おぞましい呼吸音とヤスリをすりあわせるような金属音が響く。ふたつの複眼と無数の触覚に包まれた三角形の口、固い甲羅がキチキチと音を立て、カギ爪の生えた6本の脚で私をしっかりと掴んだ巨大な蟷螂。私は、それが彼女であることを一瞬に理解する。 脱皮した彼女によって、私はずたずたに引き裂かれ、乾いた憎しみによって消化されようとしている・・・ 私の昆虫嫌いはほとんど"イドの怪物"のように強固です。絶望的な悪夢に登場するのは必ず巨大な甲虫類に決まっています。いささかワンパターンな結末は、個人的な恐怖の質が変わることがないからなのでしょう。 蛇に飲み込まれる悪夢は、私にとっては、何やらセクシュアルな妄想のひとつにしかすぎないような気がします。 しかし、これは何でしょう?ただの駄洒落のオチなのでしょうか。ひょっとするとホラー落後?う〜ん、新しいジャンルかも知れません<違うって。
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