デーテーペーな1日

7月23日(Tue)
物語に裏切られつづける男

 畳の上でしばらく放心したように天井を見上げていた男は、のろのろと立ち上がる。
 周囲が期待する物語の主人公になれなかったその大柄な男は、まるで自分自身に言い聞かせるようにインタビュアーの質問に答える。過剰な期待から開放された安堵感と、自らの物語の幕切れを自らに納得させようとする言葉の端々に、乾いた悲しみの匂いがする。

 小川直也(28才)・アトランタオリンピック/柔道95キロ超級・5位

 悔し涙ではないという彼が流す涙は、自らの青春にたいする別れの涙だったのかも知れない。結果だけが全ての世界に住む彼にとって、そのことを納得するほど、自らのチカラの衰えを実感する毎日だったのだろう。
 19才で世界選手権の無差別級を制覇して以来、全日本タイトルを7度もとってきた彼は、全盛といわれた4年前のバルセロナでは決勝で敗れて銀メダルとなる。例によってマスコミからは結果だけを評価する声しかあがらない。彼の精神的な弱さをなじる事で、自らのうっぷんを晴らすような記事ばかりが紙面をにぎわす結果となる。
 確かに、オリンピックで金メダルを取って、自らの物語を完結させるという事は、スポーツ選手にとってもっとも理想的な区切りかも知れない。しかし、コンマ何秒の世界で争う陸上や水泳の選手とは異なり、格闘技にとって1位と2位の差は限りなく大きい。そして、勝者と敗者があまりにもハッキリ色分けされるあまり、その順位に物語の入り込む余地がない。勝者がすべてを得て、敗者はそれを見るだけ。競う事の結果が、あまりにもあからさまなのだ。
 今回のアトランタオリンピックが、彼の物語を完結させる最後のチャンスであることは、本人が一番よく知っていたはずだった。
 身重の妻は、じっと日本で彼の勝利を祈り、産まれてくる子供に父親が金メダルをプレゼントする。
 本人の思惑とはまるで無関係なところで、マスコミ向けの物語は進行していた。決勝直前には長男も生まれ、涙と栄光の家族愛の物語はその結末だけを待っていた。
 そして、準決勝での敗退。3位決定戦でのぶざまな1本負けと、物語は彼を裏切りつづける。
 しかし、彼の人生はこれで終わったわけではない。諦念と挫折の海に深く潜り、その海の底から見上げた波頭の美しさに癒される己の自我を抱いて、もう一度彼自身の新たな物語を、その家族と共に歩み始めようとして、静かに水面を目指す。マスコミが書こうとした物語を拒否することで、彼は自分自身の人生を取り戻すことができたのかも知れない。
 物語に裏切られつづける男とは、自らの手で物語を作るために立ちあがった男の、他ならぬ再生の物語であることを、私は信じたいと思います。

 とうとう日記猿人が正式オープンしたようです。めくるめく進化のスピード。ばうわう氏の日記リンクス追放から3週間あまり、もう新たな世界が準備されてしまいました。今日の日記猿人のオープンこそが新たな分裂の始まりの予感なのでしょう・・・と例によって不吉な予言をここに書きしるしておきます。
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