曲目解説


W.A.モーツァルト:尊き聖体の秘跡のための連祷 KV243

 神聖ローマ帝国大司教統治領であったザルツブルクに生まれたモーツァルトは、その宮廷音楽家として父レオボルドとともに仕えたことから、教会音楽はこのザルツブルク時代に集中している。今回演奏の作品は、1776年、モーツァルト20歳の作品であるが、その総括的ともいうべき作品で、ウィーン時代の作品ばかりが注目されるなか、隠れた名曲との評価も高い。
 もともとギリシア語の「嘆願」に起源を持つという「連祷」(連願、リタニア、リタニー)とは、神への呼びかけや嘆願の意向を繰り返して連ねる祈りの形式。司祭がキリストやマリアヘの讃美を先唱し、会衆が「我らを憐れみ給え」や「我らのために祈り給え」と応答していく。連祷は特に16世紀に数多くつくられたが、17世紀初頭にはカトリック教会の公的な儀式(典礼)での使用が禁じられたという。
 この曲の演奏も、聖週間の初日(枝の主日)の夕方に、説教とともに演奏されたという。オーケストラでヴィオラが使われていることからも、ザルツブルク大司教からの依頼ではないことがわかっている。制約が多い大司教からの依頼とは異なり、モーツァルトはこの曲で、オペラ的なアリアや多彩なオーケストレーション、対位法の駆使など、その才能を自由に発揮できたのではないだろうか。とはいえ、第7曲の「臨終聖体」においては、聖体祭に起源を持ち、聖木曜日の聖体の移管行列において歌われるグレゴリオ聖歌《パンジェ・リングァ》が用いられていることから、典礼音楽の伝統も踏まえられていることが伺える。

第1曲 Kyrie
アンダンテ・モデラート、変ホ長調、独唱4重唱と合唱
第2曲 Panis vivus
アレグロ・アぺルト、変口長調、テノール独唱
この曲の冒頭のヴァイオリンの主題が、《レクイエム》の「Tuba mirum」の主題と酷似しているといわれている。
第3曲 Verbum caro factum
ラルゴ、ト短調、合唱
この曲から第5曲までは連続して演奏される。
第4曲 Hostia sancta
アレグロ・コモド、ハ長調、独唱4重唱と合唱
第5曲 Tremendum
アダージョ、ハ短調、合唱
第6曲 Dulcissimun convivium
アンダンティーノ、へ長調、ソプラノ独唱
第7曲 Viaticum
アンダンテ、変口長調、合唱(ソプラノのみ)
グレゴリオ聖歌《パンジェ・リングァ(歌え、わが舌よ)》が用いられている。
第8曲 Pignus
変ホ長調、合唱
伝統的な多声書法による、全曲の頂点を形作る二重フーガ。ザルツブルク対位法様式における最高傑作の一つと評価される。
第9曲 Agnus Dei
アンダンティーノ、変口長調〜アンダンテ・モデラート、変ホ長調
ソプラノ独唱に続き、第1曲の主題が繰り返され、全体の統一感が図られる。曲は祈るように静かに閉じられる。

宮崎文彦


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