曲目解説


F.シューベルト:スタバト・マーテル ヘ短調 D383

 シューベルト(1797〜1828)は《スタバト・マーテル》を2曲残している。1曲は1815年4月に書いた「ト短調」でもう1曲は翌1816年2月に完成し、シューベルトの宗教曲中でも指折りの力作と言える、この「ヘ短調」である。
 十字架にかけられたイエス・キリストの下で悲しみにうちひしがれる聖母にちなむ《スタバト・マーテル》は本来ラテン語だが、シューベルトは、残された自筆譜に「クルプシュトックのスタバト・マーテル」と記されているように、F.G.クルプシュトック(1724〜1802)が1767年に、原点に比べかなり自由に翻訳したドイツ語訳を用いて作曲した。A.アインシュタインによると、このドイツ語訳は当時ペルゴレージの《スタバト・マーテル》が演奏される時、その説明にしばしば使われたということである。シューベルトはペルゴレージの《スタバト・マーテル》を明らかに知っていたと思われ、調性の類似などにそれがうかがえる。
 全12曲から成るこの曲は、ソプラノ、テノール、バスと合唱、管弦楽のために書かれ、独唱、重唱、合唱およびオーケストラの配合は見事で色彩感に富み、大作ながら聴き飽きることのない、充実した作品がうまれている。
 また第7曲や第12曲に見られるシューベルト独自のポリフォニックな書法は、充分完成されたものとは言えないが、彼が31歳で亡くなる直前に、これから対位法を本格的に勉強しようとしていたことを物語る対位法課題の練習帳がウィーンで1969年に発見されたことと照らし合わせると大変興味深い。
 なお、この曲の初演は1833年3月24日ウィーンで行われた。ただし、1819年7月13日付で、旅先からウィーンの兄に宛てて「スタバト・マーテルを送ってほしい。それをできるだけ早くこの地で演奏したい。」と書き送っている。しかし、これが実際に演奏されたという記録は残っていない。

川上裕美子


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