W.A.モーツァルトが35年という短い生涯を閉じたのは1791年、レクイエムの作曲を手掛けて間もない頃のことでした。レクイエムの全構成の内、オーケストレーションまですべて出来上がっていたのは、Introitus(入祭唱)1曲のみで、他は合唱と通奏低音パートのスケッチや部分的な完成にとどまり、Sanctus、Benedictus、Agnus Deiに至っては全く手つかずの状態で残されました。
ところが、モーツァルトは生前、レクイエムの作曲依頼主から報酬の半額を前金として受け取っていたため、妻コンスタンツェはなんとしてもこの曲を完成させねばなりませんでした。コンスタンツェの委託を受けた知人・弟子ら数名が補筆を試みますが、難航。結果的に弟子のひとりであったジュスマイヤーが完成させ、モーツァルトの死から2年後の1793年に無事依頼主へ手渡されます。そして7年後の1800年には初版スコアがブライトコプフ社から出版され、モーツァルトのレクイエム“ジュスマイヤー版”として広く知られるところとなりました。
以後、現在に至るまで様々な批判と評価とを繰り返し受けて来たジュスマイヤー版ですが、200年という長い年月に渡って演奏され続けてきたことに加え、バイヤー版、モンダー版等、いくつか在る他の有名な版にもジュスマイヤー版を基に手の加えられたものが多く、ひとつの地位を確立した特別な版となっています。
ところで、作曲を依頼した人物はシュトパハ伯爵であることがわかっていますが、名前の伏せられた極秘依頼であったため、モーツァルトの死の謎と重ねてミステリアスな出来事として捉えられることも多かったようです。シュトパハ伯爵は無類の音楽好きで、有名な作曲家に曲を作らせてはそれを自作曲とし、自ら指揮をして披露することを趣味としていました。そのための極秘依頼であり、財力にものを言わせた少々品の良くない趣味にも思えますが、前金を渡していたことに関しては、この曲を後世に伝えた功績として評価してよいかもしれません。
著名な作曲家の数ある未完成品の中で、ひときわ輝きを放っているモーツァルトのレクイエム。それはジュスマイヤーの功績とは別の次元で、モーツァルトの音楽が類稀なる“天上の音楽”であることの証ではないでしょうか。これから先、誰が補筆を行おうとも決してモーツァルトの作として完成を見ることはありませんが、それ故に天才の残した名曲の断片は、まるで結末のないミステリー小説のように、多くの人々を魅了しつづけることでしょう。案外モーツァルトは、天上から様子を眺めて楽しんでいるのかも知れません。
鈴木絵麻