幸せな事に昨今パイフオルガンの生演奏は首都圏、関西圏のみならず日本各地のコンサートホールで聴ける様になった。二昔前位までは地方に住んでいる音楽愛好家が「パイプオルガンの生演奏を聴く」というと一晩、二晩泊りでの旅行になったものだ。繰り返すが今の音楽愛好家、特にバッハ、そしてバロック音楽愛好家の方々は恵まれた環境にある。しかし弊害も生じてきた。例えば今日演奏されるバッハやリスト、ドヴォルジャークの作品の原点を忘れがちになるからだ。つまり、バッハやリストのオルガン作品、ドヴォルジャークの宗教音楽はコンサートホールの為に書かれたのではなく教会での典礼、礼拝儀式の為に創られたと言う事実を亡失してしまう時が多々ある。おことわりしておくが私はコンサートホールでのオルガン演奏会にけちをつけているのではない。唯、原風景を見失わないで頂きたいのである。今日演奏されるプログラムも全て教会での為の作品である。
さてヨハン・セバスティアン・バッハの「トッカータとフーガ ニ短調」はバッハの名を知らない方でもご存知の名曲である。バッハがオルガニストを務めていたアルンシュタット時代の作品で、「新教会」での礼拝のために彼が20歳頃に書いたものである。非常に有名なこの曲だが研究者の中には「バッハの作品ではない」という考えの人もいる。北ドイツオルガン学派の影響を受けたこの作品は、構造的に鑑みるとフーガはほんの数小節で「トッカータ ニ短調」と呼んだほうが正しい。
「パッサカリア ハ短調」はバッハがワイマールで宮廷オルガニストを務めていた頃の作品で、足鍵盤で奏でられる主題はフランスの作曲家レゾンが書いた「オルガン ミサ」からの借用である。様式は北ドイツの影響を受けながらもイタリアのパルティタ形式を踏まえながら20の変奏が繰り広げられる。演奏技法から観ても初期オルガン作品の代表作である。あくまでも仮説ではあるが、ワイマール宮廷での大規模な宗教的催し物のために書かれた曲である。
前期ロマン派を代表する作曲家の一人フランツ・リストはピアノ曲の作品で名高いが、オルガン曲も幾つか残している。今日演奏される「BACHの主題による前奏曲とフーガ」は彼の弟子、アレクサンダー・ヴィンター・ヘルガーの為に書かれた。作曲された動機は、1855年9月25日メルセブルク大聖堂の新オルガンの献納式のためで、一説には1856年に同じ場所で異なった機会に演奏されたとも言われている。リストはBACH、音階で言うとB=シ♭、A=ラ、C=ド、H=シを主題としてこの作品を創り上げた。彼がバッハを尊敬していた、という説はこの事実からも裏づけられる。曲は終始、幻想的で、当時としてはかなりモダンなスタイルで書かれている。ワーグナーをはじめ、後の作曲家達にも多大な影響を与えた作品である。
バッハ アルヒーフ ライプツィヒ 広報室長 高野昭夫