偶然に出会うこと・・・とは言っても、あの子も出かける事を十分に承知していた。彼女が友達同士でそんな会話を交わしているのを、こっそりと聞いていたりする。 夏祭りの喧噪の中で、其処だけがまるで奇跡のように静まり返っているように思えた。涼しげな夏の花を大胆にあしらった白地の浴衣と赤い帯、黄色い鼻緒の下駄で、少し爪先立ちして縁日の屋台をのぞく彼女・・・まるで大人びて見えた。 彼女に会いたい、会えたらいいなと思って出かけた筈なのに、実際に彼女に会えるとは考えていなかった。どうしよう。声をかける勇気のないまま、雑踏に押されながら立ちすくんでいる僕を彼女が見つけた。学校では見せたことのない人なつこい笑顔で、僕に声をかける。 友人とはうまく待ち合わせが出来なくて、ひとりだと言う。学校ではほとんど話らしい話をしたことがない筈の彼女が、饒舌に僕に話しかけてくるのがとても新鮮。並んで歩きながら、とりとめもなく話しする。胸元で締めた赤い帯に包まれたものを想像して僕はひとりでどぎまぎしたりした。 雑踏をはずれると、薄暗い路地に面して軒の低い家並が続く。その向こうにこんもりと木立が見える。小さな丘の上にある公園。昼間の熱気がかすかに残る公園の向こうには、丘へ登る小道が続いていた。夕暮れの風が梢を鳴らす。雨が近いのかも知れない。 低い梢の向こうに、意外なほど遠くまで夜景が広がっていた。穏やかな風景のなかに無数の明かりが・・・そしてその下でくり返されるつつましやかな日常。肩を並べて夜景を眺めながら、学校のこと、友人のこと、そしてクラスでひとり孤立している僕のことについて、彼女が心配を口にする。そんな風に僕のことを見ていたのかという驚きと、普段と違って、人の目を見ながら話をする彼女に改めて僕は魅せられていた。 彼女との会話が途絶える。夜の闇の向こうでざわめきが遠ざかり、街灯の中で僕たち二人はお互いが求めるものにおずおずと触れる。 初めてだった。彼女も。 お互いの手のやり場に迷う。何となく背中に手を回しながら、それでも体を密着することができずにいる。 ぎこちないくちづけに続いて、お互いの歯が音をたてる。迷いながら、そっと舌を絡める。 早熟だった僕は、そんな小説の場面はイヤと言うほど読んでいたのだが、実際にやってみると、恐ろしく難しい。 僕の手が彼女の浴衣の胸元に伸びる。固く締められた帯と浴衣の乾いた感触に、何だか旨く行かない。キスを続けたまま彼女が僕の手を握り、胸元でその手を止める。激しい鼓動が掌に伝わってくる。 やさしくしなきゃ、そう思いながら、僕の不器用な手は震える。少し彼女の素肌に触れたかも知れない。彼女の耳元でなにか囁いたのかも・・・だけど忘れてしまった。 翌日、廊下ですれ違った彼女が僕に微笑みながら、無言で自分の唇を指さす。お互いの唇が腫れ上がっているのを見て、笑いたかったけど、我慢した。口の中の粘膜も切れていて、モノを食べるとしみるのもちょっと情けない。 これが13才の僕の、ある夏の出来事。 明日に続くのかも知れません。
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