孤独な少女と孤独な記憶(1) 彼女の読む本には、彼女自身の苛立ちと自虐が色濃く反映されていた。事実、その事が不必要な緊張を彼女に強いているようだった。 絶望するにはいささか早すぎるような気がするのだが、人のことをあれこれ言えるほど、僕も自信を持って生きていたわけではなかった。なにやら、かたわな情熱にお互いが満たされていた。 学校内ではまったく無関心な様子で誰とも打ち解ける事のない彼女は、午後、僕と秘かに待ち合わせた喫茶店では驚くほど雄弁だった。 「やっぱり、見ると描くとのあいだには、見ると書くほどの距離はないよね。」 うん、確か先月号のユリイカにそんな一節があったよね。 「デュシャンとマッソン、どっちが好き?」 シュルレアリスムは、難解なオナニーのための道具としてはちょっとパワー不足かもしれないよ。 僕はほとんど会話することなく、黙って彼女のおしゃべりの聞き役に徹していた。実は、議論と言うモノに完全に倦んでいた。空回りする議論と空しい知識の応酬に明け暮れることにほとほと嫌気がさしていたのかもしれない。 冬の夕暮れだったと思う。電車を乗り継いで出かけた映画館は、ほとんど観客の姿はなかった。貧しい椅子が並び、場末の空気が壁や天井の染みを通してにじみ出しているような小さなホールだった。若いカップルが連れだって見にくるたぐいの映画ではなかったが、彼女が強引に決めて僕を誘った。壊れたトイレの悪臭に青ざめながら戻ってきた彼女に、もう出ようか?と訊いたが、もちろん彼女がうなずくはずなかった。いわゆる「ピンク」と呼ばれる映画だった。
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