デーテーペーな1日

7月1日(Mon)
思いがけず続いてしまった日記。連載日記???意味不明な方のためのバックナンバーはこちらです。

6/25 13才の夏、人を愛することの恍惚
6/26 13才の秋、人を愛することの悔悟
6/27 14才の冬、人を愛することの絶望
6/28 14才の春、人を愛することの喪失
6/29 19才の春、人を愛することの錯誤
6/30 19才の夏、人を愛することの破錠


19才の秋、人を愛することの終焉

 彼女の調子が良い日は、一緒に散歩に行ったりした。一番好きなのは、やはりあの丘の上の公園だった。何だか少しずつ子供に返っているような気がした。
 坂道の途中でいきなり駆け出して、あわてて追いかける僕を振り返って笑う彼女は、かつての笑顔そのままだった。手をつなぐと、袖口をつかんで歩く癖も同じだった。
 公園では何をするでもなく、ただ夕闇がおりてくるのをじっと待ちながら、闇が深まると共に広がる色とりどりの明かりを見つめ、そっと口づけした。
 帰る途中の肉屋で、売れ残ったコロッケをよく買った。もう冷たくなっていたが、ふたりで向かい合って黙って食べる。濡らしたタオルをしぼり、汗ばんだ彼女の身体を拭く。そんな日の彼女はとても素直で、早くに眠りにつき、そのまま朝までずっと眠り続けていた。
 しかし、いったん自分自身の闇の世界に飲み込まれると、彼女は食べず、眠らず、際限のない一人だけの会話に深く沈む。夜中に突然廊下にでて、自分の聞いた臨時ニュースの内容について大声で叫ぶ彼女を、僕は制止することができない。まるで僕の存在に気づかぬまま、どうしても外にでると言い張る彼女。何度も警察官が呼ばれる。その都度、夫婦喧嘩なので申し訳ないと謝るのだが、彼女の様子を見れば一目瞭然だった。
 仕事も、彼女の調子を見ながら、一人にして大丈夫だと思えるときにしか出ることができない。鍵をかけ、昼に食べるようにと食事を用意しておくが、そんな時の彼女は何も口にしようとはしない。
 隣りに住む大家からの電話でアパートに帰ってみると、ドアを内側から激しく叩き続けていた。何やら叫んでいるが、僕には理解できない。大声で彼女の名前を呼ぶ。一瞬音が止んだのを見て部屋の鍵を開ける。部屋の中央に下がった彼女・・・全裸で、両腕から血を流していた。おびえた目で見返す。僕が誰なのか理解できないようだ。もう一度声をかける。瞳にかすかな光が戻った。ただいま、と静かに呼んでみる。全身から徐々に力が抜け、おかえりなさいと小さく答え、何事もなかったかのように壁に向き直ると、僕たちの見えないテレビの声に耳を傾ける。
 どこにも出口がなかった。そう遠くないうちに訪れる刑の執行を待つ死刑囚のように、僕は暗闇のなかで、彼女を抱いたまま窒息しようとしていた。

 保証人の欄に無断で書いた僕の両親が呼ばれた。何年ぶりかで見る母親は、まるで汚いモノのように彼女を見た。例によって、父親は困ったような顔(実は何も考えていない)で、いがみ合う僕たち親子を眺めている。
 全てが彼女のせいであり、彼女さえいなければ、僕はこんな暮らしをしている筈がないと言う。
 よりによってこんな・・・母親の言葉に、僕の理性が吹き飛ぶ。つかみかかる僕を必死で止めようとする父親・・・なぜこんなに荒れる必要があるのか?僕の裡で、この騒ぎを冷ややかに眺める声がする。アパート中に響くほど怒鳴りあって、廊下で息を潜めている大家がまた警察を呼ぶに違いない。そしてどうする?彼女の両親にも連絡が行くのだろう。そうすれば、やっとおまえは、やっかい払いができる・・・裡なる声に僕は更に逆上する。自分の怒声と、愚かに泣き崩れる母親の背中が、やりきれず、どこまでもうとましい。
 彼女が泣いていることに気づいた。まるで無言で、子供のようにまっすぐに僕を見返し、大粒の涙を流す。精神に変調をきたしてからの彼女は、そんな風に泣くことはなかった。瞳のなかには、かつての彼女がいた。もうやめるようにと、静かにくり返す彼女の前に立つと、僕はもう一度彼女の名を呼んでみる。はい、と短く答えた彼女が、かすかに笑ったような気がしたのは、僕の愚かな願望が見せた幻だったのかもしれない。その日の裡に彼女の両親がアパートにやってきて、黙って引き取っていった。遠くの街にある病院に入院させるという。
 僕は彼女の両親に何ひとつ声をかけることもできず、ふぬけのように彼女を見送った。何もない部屋の片隅に、彼女と一緒に買った歯ブラシが転がっていた。毛先の開いたその歯ブラシを、僕は荷造りしたカバンの底にそっとしまった。

 これで終わったのでしょうか?後半になればなる程に、フィクションとしての要素が強くなっています。あり得ない過去を妄想することで、ありうべき過去を再構築するような作業と言っておきましょう。誰かを傷つける可能性について、何人もの方から、そのことを危惧する旨のメールを頂きました。私の日記で傷つく人は、最早いない筈ですが、あり得ない過去では、確かに深く傷つく人はいたかもしれません。彼女に深く思いを馳せるのは、やはり私にとっては贖罪のひとつでは有るのでしょう。


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